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私が棄てた女

私が棄てた女



■題名■私が棄てた女 1969年 【日】
■監督■浦山桐郎
■出演■河原崎長一郎 小林トシ江 浅丘ルリ子 加藤治子 加藤武

遠藤周作の「私が棄てた女」の映画化。
古い日本映画は、喰わず嫌いで余り観なかったが、この映画で考えを変えた。
「フランダースの犬」のネロとパトラッシュより、可哀相な女主人公には、ただ、ただ、涙。。。。。。
こんなに、悲惨で哀れな主人公が、あっていいのだろうか???
計算高い男と、無学で不細工なミツの関係を、始まりから終わりまで描いた映画。
ミツは、男だけでなく、全ての人に利用され尽くされる。
普通なら、世の中を怨んで当然なのに、誰も憎まない。
これ以上ないという程の、不幸がてんこ盛りの中で、健気すぎるほどに頑張っている。
ミツは頑張っても、頑張っても、全然報われない。

遠藤周作は、カソリックのキリスト教徒だったから、
皆に虐げられて処刑されたイエスキリストとミツを重ねたのだろうなぁ。。
いかにも、キリスト教的な、純真無垢な生贄として、主人公のミツは描かれる。
ミツは、皆の為の生贄で、哀れな子羊のメタファーだ。

ミツを利用し棄てた男は、酷い奴だが、誰でもあの男のズルイ部分を持っている。
それが普通の人間だからだ。
この映画を観る殆どの人は、女を棄てた男に感情移入するのではないだろうか。
俗世間で生きるってことは、棄てたり、利用したり、は当り前。
その逆だってまた然りだ。
そして、利用されたら、誰でも恨みの気持ちを持つ筈なのだが、
この映画の女は、絶対に相手を裏切らない。
すすんで自分を棄てた酷い男の為に奔走して尽くす。
どんな扱いを受けても、相手を許すのだ。。
うー涙。。。。

女を棄てた男は、本当は女を愛していると悟っても、
女が悲惨な最期を迎えても、改心するわけでも、生まれ変わるわけでもなく、それまで通りの人生を生きていく。
尽くして尽くして死んでいっても、生贄は、生贄でしかないのだ。

重荷や苦難の全てを、1人の女が背負って死んでいくストーリーなので、
涙なくしては最後まで観れない。
こんなに、虐げられる人が居ていいのか??と、腹立たしくなる筋立てだ。
それが、狙いなのだろうけど、狙い通りに泣けてしまう。

恐らく、昔の映画だから、こんなに泣けてしまうのだ。
これが現在の設定だったら・・・全然泣けない。
棄てられ女をリアルに演じられる女優も居ないだろうし、
こんなに悲惨な映画をここまで真面目に撮れる監督も居ない気がする。

今は、泣ける映画が大流行だけど、これだけ夢も希望もなく泣ける映画が昔あったのだ。
昔の映画は、本当に泥臭い。それに、悲惨な事が、本当に悲惨に描かれている。
重たい涙が流れる映画だー。必見ー。
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